孤独のFIRE

天涯孤独・社会的孤立状態のアラフィフ親父がFIREという名の無職を続ける記録

2026年のポートフォリオ

明けましておめでとうございます。今年もFIRE民およびFIRE志望者にとって実りある1年である事をお祈りしております。本日NISAの年初一括購入分が証券口座に反映されましたので、2026年初頭時点のポートフォリオを公開します。

早いもので2024年に始まった新NISAの積立も今年で3年目に突入、同時にリタイア済の方々にとっては、例の金融所得を健康保険料に換算する法改正の結論が出るXデーがじわじわと迫っている正念場の年でもあります。

聞いた話だと当初は後期高齢者に優先して適用する方向で話がまとまりつつあるらしく、今のところはFIRE民を狙い撃ちする兆候は感じられませんが、財政のひっ迫と共に適用年齢を下げざる負えない事は容易に想像がつきます。

自分としては悲観も楽観もしないように努めています。今は特定口座の確定申告をしない代わりに二重課税の還付を放棄している訳ですが、新NISA枠を最短で埋めつつ詳細が決まり次第シミュレーションの上で得な方を選ぶしかないと思っています。

 

そうした事情もあり今年は成長投資枠だけでなく積立投資枠も一括で購入しました。正確には1月に1198800円のボーナス払い+月100円の積立という設定ですが、実質与えられた枠の3/5まで埋めた事になるかと思います。

また新しく加わった楽天SCHDはその方針の迷いから買い始めた商品。確定申告で外国税額控除を申告できるか不透明なので、二重課税調整の制度が適用される国内投資信託で少しでも配当金を増やせないかと考えてのお試し購入です。

その他の商品については引き続き米国偏重からの脱出を進めており、攻めの枠のVOOを利確して全世界へ、守りの枠のドル建てMMFを金ETFと仮想通貨へ、先が見えない中ああでもないこうでもないと試行錯誤している所です。

 

またグラフには含めていませんが、去年から金貨・銀貨をこつこつ買い集めています。いわゆるアンティークコインではなく地金型に近いプレミア価格があまり乗っていない物を、金運が付くようにとトイレに飾っています。

またこちらも去年初めてですがコールドウォレットを購入しました。自分は仮想通貨がオフラインで保存されるものと勘違いしていましたが、保存されるのは秘密鍵の方らしくどこまで安全か自分には分からない。あくまで有事のお守りと思っています。

自分はりゅう帝王学ラボというユーチューバーの「資産別・生死の記録」シリーズという、古今東西の経済危機における資産の動きをまとめた動画を見るのが好きなのですが、同氏の言葉を借りれば「システムの外」に資産を少しづつ移している最中です。

 

ゴールドに関してはそちらを参照していただくとしてFIREとの関係で少し補足させてもらうと、利息も配当も生まない金は複利効果が得られず、長期で見れば金より株の方がリターンが大きいというデータは複数存在します。

その為一般論としては、FIRE生活に金は不向きと言えます。ポートフォリオの中で増やしすぎると資産形成が遅れる可能性も無きにしも非ず、まだ若く現役で働いている方であれば、今はリスクを取ってリターンを得ても良いのではないかと思います。

ただここは判断が難しい所で、長生きできる人ほど複利効果を最大限利用すべきですが、同時に世界中の国が債務を膨らませている現状では、長生きできる人ほど存命中に金融リセットに巻き込まれる可能性が高い事は、心の片隅に置いて損はないでしょう。

一方既に資産形成を終えリタイア済みの場合ですが、金融危機を予測しディフェンス枠として金が欲しいという方は、4%ルールの外・つまり現金シールドの一部または全部を振り分けるのは全然ありだと思います。

逆に4%ルールの中・言い換えると生活費のために定期的に売却せざる負えないなら、無理して買う必要はないのかなとも思います。今ゴールドを売ってしまうのは、生苦が苦しいからと言って生命保険や火災保険を解約するようなものです。

 

Debasement Trade(通貨価値切り下げトレード)という概念は日本ではまだ馴染の薄い所ではありますが、一方銀座の貴金属店に行列ができているなんて話もちらほら耳にしますし、漠然とした不安を抱えた人は少しづつ増えているようにも感じます。

ただどんな投資手法であれ自分の中でロジックが腹落ちしている事が大切なので、みんなが買っているから・直近で上がっているからではなく、金融危機通貨危機に対してどれだけリアリティを持っているかでコモディティの握力に差が出ると考えます。

当ブログとは正反対の立場ではありますが、日本の財政は全く問題ないしばら撒きすればするほど経済成長できると心の底から信じているなら、個人的には絶対お勧めしませんが、金でも株でもなく日本国債を買っておけばよいのではないでしょうか。

最近はS&P500ゴールドプラス(通称ゴルプラ)のような商品もあります。管理費用がやや高くこちらも積極的にお勧めはしませんが、機械的に積み増したら口座を逐一見ないという手法が性に合っている人には一つの選択肢かと思います。

 

自分は以前から一貫して、日本でFIREする最大のリスクは政府の財政赤字と他人の足を引っ張る国民性だと主張してきました。その時限爆弾がポピュリズムの大きな流れの中で、いよいよ爆発しそうだなという悪い予感があります。

財務省や外国人に怒りの矛先を向けている層は、自らの過ちで国が傾いても反省すらせず、怒りをそのまま資本家に向ける。ただ超富裕層は幾らでも資産逃避の手段がある為、割を食うのはFIRE民のような小金持ちとなる事でしょう。

ただし正しい金融・財政の知識を身に着けていれば、現政権が最終的にどういう末路を迎えるのか・またその時何に投資すべきで何に投資すべきでないのか、人より一歩先んじて対策を行えるのではないかと思います。

 

最後に個人的な話ですが、今年はデジタル・デトックスを目標にしており、ブログは不定期更新になります。去年は色々と残念な出来事があり思う所は多々あるのですが、だから言ったでしょと言える日がいつか来る事を信じて、しばしの間地下に潜ります。

そうした事情もあり、資産防衛に関する考え方が近いという方がおられましたら自分をフォローしろとまでは言いませんので、前述の「資産別・生死の記録」シリーズの視聴をお勧めします。大変な時代ですがお互い頑張りましょう。

円の紙くず化とCDSレート

当ブログは折に触れ、ネットに流布するトンデモ経済学に対して反論を試みてきました。以前から述べている所ですが、FIREの根幹であるインデックス投資に関してはほぼ正解が出ており、どんな入門書や動画を見ても極端に道を踏み外す事はない。

一方国の金融・財政に関してネットで手に入る情報の半分は眉唾もの、赤字国日本でさらにばら撒きしたいという下心ありきであらゆる学説をつまみ食いして作られた邪論なので、投資家として差が付くならここの勉強量というのが自分の一貫した立場です。

 

そんなこんなでハンキン(半緊縮派)が日本の財政はまだバラマキに耐えられるという根拠によく持ち出す、CDSレートについて解説すると共に、この数値が低いなら日本の財政は健全だという主張についてのファクトチェックをしたいと思います。

とはいえ2025年の都議会選挙の動画を見られた方は、自分がこれから言いたいことはだいたい想像つくかと思います。58:42からの石丸氏の言葉をそのまま借りれば「はい違います、金融商品です!」の一言で終わり。

自分は石丸氏の支持者ではないしスカッと系動画には否定的な人間なのですが、正直これはスカッとしました。トンデモ経済学にどっぷり浸かっている癖に人様を「経済音痴」と上から目線で説教するれいわ議員を、一刀両断してくれたことに感謝します。

 

享受www.youtube.com

どうして格付けの指標でなく金融商品だとまずいのかというところを少し補足させていただくと、CDSはあくまでデフォルト=債務不履行の際に支払われる保険のようなもので、それ以外のリスクは一切考慮されない。これが反論の第1。

なのでCDSレートが低いから日本の財政は健全だというハンキンの主張は、火災保険料が安いならこの家は頑丈だ、だから地震にも強盗にも耐えられると言っているような論理の飛躍。当然地震で家が全壊しても火災保険は一切支払われない訳です。

 

例えばよく紙くずになったと言われる太平洋戦争の戦時国債も、一応は額面通りに償還されています。つまり比喩表現としての「紙くず」は必ずしも債務不履行を指すのではなく、悪性インフレで貨幣の価値そのものが落ちた現象も含まれる。

このロジックが理解できればこれもネットに流布するデマで「国債は満期まで持っていれば絶対損しない」というのも論破できるかと思います。利回り以上にインフレが進めば赤字垂れ流しとなるので、損切りする人が出てくるのは投資として当然の事。

また「国債は国内で消化されている分には問題ない」という論調も、戦時国債の末路を知っていれば間違いと分かるはず。外貨と違って自国通貨は印刷できるというのはそうなんですが、貨幣は刷れば刷るほど価値を失うという事が問題なんです。

 

www.nikkei.com

ならCDSレートが今まで低かった=デフォルト確率が低かったのは何故かというと、どんなに高くても日銀が国債を爆買いしていたから。今はQT(量的引き締め)中、買いオペを減額する一方で買う事自体は継続しており、その状態でじわじわ上がっている。

なので第2の反論としては「既に上昇している」でピリオド。実際investing.comで5年物国債10年物国債CDSのグラフを見ると、アベノミクスが始まった2012年以降に急激に下がっているのが見て取れます。

最後はそもそも論になりますが、もし本当に自国建て通貨の債券がデフォルトしないなら、CDSという「商品」自体が成立しないはず。火災が起きない世界で火災保険を買う人がいないのと同じ理屈で、これが第3の反論です。

 

正直半緊縮派は元ネタのスローガンをコピペしてネットを荒らすだけの傀儡というのが自分の偽らざる本音です。本当に100人いたら100人言っている事は皆同じ。だからこそ反論テンプレートをネットに残しておく事には意味があると思っています。

興味のある方は以前アップした記事「国債はデフォルトしないと財務省のHPに書いてあるをファクトチェック」「対外純資産をあてにするとFIRE民全滅となる話」も見てもらえると幸いです。

ファルネーゼのアトラス再訪

すったもんだの大阪万博が終わり早一か月。多くの国が映像出展でお茶を濁す中わざわざ国宝を出展してくれたイタリアのご厚意で、場所を変えて貴重な美術品を引き続き公開してくれる運びとなり、せっかくなのでもう一回とチケットを手配しました。

これは名尻鑑賞で有名な山田五郎氏の受け売りなのですが、万博会場である夢洲はとてもじゃないが美術品を置いていいような場所ではなかった。何事もなかった事に安堵すると共に反省も必要かなと思います。

もし国宝に1ミリでも傷が付いたら、そもそも論として利権でずぶずぶだった万博の開催意義まで国際問題となったに違いない。結果美術品は無事だった代わりに利権構造も無事に温存されたまま、国の未来に暗い影を落とす事となった訳です。

 

それはさておき、ファルネーゼのアトラスは相変わらずの迫力。万博で見たときは気づかなかったというか勘違いしていたのは、アトラスが抱えているのは地球儀ではなく天球儀。宇宙を俯瞰で見た時の星座の位置関係を球体上に表したものでした。

なぜこんな恥ずかしい間違いをしたのかと言うと一番は自分の教養不足ですが、万博は大行列で疲労困憊・かつ作品解説がスマホでしか見れない形式だったので、あまり細かい所まで注意が及ばなかったのもあります。

あと実際地球儀を持っているゲーム「シビライゼーション6」のパッケージ絵の印象に引っ張られたのかもしれません。(ちなみに同作はまさに時間が解ける大傑作なのですが、最新作の7はネットの評価が微妙で値下がり待ちの状態です)。

 

お楽しみの物販も様変わりしていて、万博ではイタリアちゃんという萌えキャラの記念硬貨とイタリア産のタイルをゲットしたのですが、今回は悩んだ末ダ・ヴィンチの描いたアトランティコ手稿の額入り複製画を購入しました。

確かに本物の美術品を見るのは貴重な経験ですが、自分はそこまでこだわりがある方でもなく、この手の展覧会に行くとポストカードや複製画は必ずチェックします。見ていて少しでも心が豊かになればそれでいいという考えです。

実際大阪市立美術館を出た後は、近所にあるスパワールド・世界の大温泉で偽物の彫刻もたっぷり堪能してきました。大浴場に浸かりながら元ネタがあるかないかも分からないでっかい彫刻を眺めるのも悪くない経験です。

ちなみにスパワールドはローマ風・ギリシャ風だけでなくアトランティス風呂まであります。さすがにアトランティス大陸をどこまで再現できているかは神のみぞ知る所ですが、寝湯の前に大きな水槽が置かれ深海の雰囲気を醸し出しています。

 

今回の旅行では万博記念公園岡本太郎の作品も鑑賞してきました。前回大阪で万博が開催されたのが高度成長期真っ只中の1970年。日本が一番調子に乗っていた時期でもあり、パネル写真からも当時の熱気が伝わってきます。

一方自分は前回の大阪万博を訪問して暗い気持ちにしかならなかった訳です。一つは以前も書きましたが来場者の民度。ツールを使った予約等々、正直者が馬鹿を見る・他人を蹴落としてでもえぐい事したもん勝ちの風潮に心底うんざりしてしまった。

もう一つは最先端の技術を体感として味わう事がなかった。米中がAI搭載のアンドロイドを実用化しようとしている時に、鉄腕アトムのCGやマツコ・デラックスのからくり人形で関心してちゃあかんでしょという焦りに似た気持ちもありました。

 

後これは最近になって思うのですが、万博が終わってからこの国を覆う排外主義、更に言ってしまえば戦争に対する渇望、そうした悪意に満ちた空気が万博の理念といまいち馴染まない。ならいったい来場者は何を見てきたのかなと思うわけです。

おそらく大半の人は最初から何も考えていなかったのではないか。インフルエンサーの動画を見て万博に詰めかけた人達が、今度はネトウヨのショート動画を見て義憤をたぎらせている。結局それだけの事なのではないかと思います。

ただあくまで自分の私見だと今回は戦争にはならないのではないか。我が国は既に終戦時レベルの債務を老人の社会保障の為に積み上げてしまったので、有事になればおそらく戦車や戦艦を1ミリも動かす事なく負けが決まるだろうと睨んでいます。

 

ちなみに今回の旅で一番大変だったのは事前のチケット争奪戦でした。チケット購入と時間指定を別サイトで受け付ける謎仕様の為、お金を払わず時間予約だけする転売ヤーが続出。このドタバタぶりもまさに前回の万博と地続きの現象と言えるでしょう。

FIRE民としてどうやって心穏やかに過ごすかという問題は毎日のように考えます。ポジティブかネガティブかは関係なく、ネット世論に自分の欲望を委ねてしまうと、経済的に自由であっても精神的な自由は得られない。

結局はネット社会と距離を置くのが良いのでしょうが。それでもこのブログを続けているのは本当にボケ防止くらいの気持ちです。情報を消費するだけでなく多少なりとも発信する側に立つという一心で、もう少しだけバッターボックスに立ってみようと思います。

京都旅行

京都にチームラボの新施設「バイオヴォルテックス京都」がオープンしたので早速行ってくると共に、混雑していると聞いており敬遠していた京都の観光地、清水寺と嵐山をぶらっと散策してきました。
結論から書くと確かに混んではいますが、楽しめないレベルではないです。自分の見た限りでは観光客の問題行動もなく、皆さん行儀よく楽しんでいました。はっきり言って大阪万博に来てた日本人の方が遥かに民度が低い。

ただ万博はイベント主催者にも悪い所が多々あり、致し方ない部分もあります。あれは本当に生き地獄でした。みんな感動する以上にイライラしており、自分も「SDGsってレベルじゃねーぞ!」と喉元まで出かかった。万博に比べたらどこでも天国です。

 

とりあえず清水の舞台と渡月橋を遠くから撮ったのですが混雑具合が伝わりますでしょうか。個人的な感覚だと湯布院以上・原宿以下くらいかなぁという感じです。いずれも観光地としては完成されているので、飲食や土産物探しも現地で済ませられる。

これが福岡の天神や中洲のように物価が安い位しか売りがない土地だと、白人・黒人の方は殆ど見かけない。中韓からの観光客が現地民の生活圏であるショッピングモール・飲食店・ゲームセンター・ディスカウントストアに殺到するわけです。

個人的にはそっちの方がストレスは強く、福岡は一生過ごす土地ではないのかなぁと感じています。もうすぐこっちに越してきて2年になりますが、どんな感じかは大体分かったのでぼちぼち次の居住地を探そうかと思っています。

 

ちなみに嵐山の桂川では乗り合いボートに乗ったのですが、これがまた貴重な体験でした。船頭がパンの切れ端を川に投げるとそれ目当てで鴨が並走してくれる。これがまた可愛らしくて見どころの一つになっているんです。

そこまでは良いのですがちょうど折り返し地点に差し掛かると、今度は食料品を積んだボートが並走し始め、船頭が「This is convenience store!」と海外客に購入を促すわけです。これはあまりに興ざめで度肝を抜かれた。

自分が観光地で苦手なものの一つがこの手の追加課金で、勝手に記念写真を撮られるのも本当に不快。賢い消費者なら絶対買わないのでしょうが、喉が渇いていたのでついつい500円の缶ビールを購入。今回の旅は全体的に酒浸りでした。

 

翌日はスパ&ホテル水春でリラックス。ロビーには自動演奏ピアノが置いてあり、無人でJ-POPを奏でています。ホテル併設の日帰り温泉は京都でなくても日本中にいくらでもあるのですが、個人的にここは行って正解でした。

ここしばらくイベントスケジュールと睨めっこして時間と闘いながら観光地を回るストイックな旅行が続いていたので、やっぱり旅は着の身着のまま、昼間から酒を飲みぶらぶら・だらだら過ごす方が自分には向いている。

もともと今回は万博の予約が取れたら行くつもりで2泊3日のチケットを取ったので、日程的にはかなり余裕がある状態でした。せっかくのFIRE・人生のロングバケーション中なのでピリピリしている場所は避け、療養に徹するのもありだなと思った次第です。

 

自分は京都を堪能できましたが、人に勧めるかと聞かれると難しい所もあります。ただ混雑に関しては今後も改善する事はないと思われますので、京都に限らず行きたい場所があるなら早めに行っておいた方が良いというのが自分の考えです。

残念ですが、この人だけは絶対に首相にしたら駄目という人物が自民党の総裁になってしまったので、こと円安に関しては改善の兆しが見えない。グレートリセットが来れば沈静化はするでしょうが、その時はFIRE民も身ぐるみ剝がされる事でしょう。

もちろんトラス政権のように短命で終わる可能性も高いのですが、彼女の取り巻きのトンデモ経済学者がカルト化し、支持者がネットを荒らす現状を見るにつけ、もう落ちるところまで落ちないと目を覚まさないだろうなというのが偽らざる本音です。

 

京都でいえば清水寺に限らずチームラボも任天堂ミュージアムも、コンテンツに魅力があれば裕福で日本文化に敬意のある質の良い観光客が遠方から訪れるし、彼らが自国通貨を円に換えてくれるお陰でこの程度の為替レートに済んでいるという見方もできる。

逆に通貨安・物価安くらいしか魅力がなければ、上から目線の無礼な輩が一定数混じるのは仕方ない。日本人だってバブル期には旅の恥は搔き捨てとうそぶいて、東南アジアで買春ツアーを行っていた訳ですから、文句を言える立場ではないでしょう。

観光客の多さにイラっとする気持ちは分かりますが、今となっては安い日本を受け入れた上で出来ることをするしかない。一部の狼藉を拡散して悦に浸るネット民に比べたら、京都で人力車を引いて外貨を稼ぐ車夫の方が余程国に貢献していると言えるでしょう。

 

そんなこんなで投資家やFIRE志望者の戦う舞台が一層シビアに変わったなという気がします。国内旅行に限らず海外旅行も、更に言えば金地金やインデックスの購入も、どれだけ早く・どれだけ多く手持ちの円を使い切れるかというゲームになった。

もし自分が現役だったら少なくとも今はFIREしないです。信用のある内に住宅ローンを借りれるだけ借りて機会を窺うだろうなと思います。とにかく今は過渡期、わずかな手がかりからいち早く未来を予測しないと生き残れない時代が来ている。

最悪のケースとしてはドイツのハイパーインフレ時のように、給料をもらった人が一目散にスーパーマーケットに駆け込むような悲惨な状況になるかもしれない。要は通貨の下落が止まらずもたもたしている間に物価が上がる。

その時は外国人に向いていた怒りが資産家に向くのは避けられず、そうならないように自分もできる限りの情報発信はしてきたのですが力及ばず。今となっては自分の資産を守る事・日々の生活を楽しむ事に集中するしかないと思っています。

東京旅行

東京へ旅行に行ってきました。今回は美術館巡りがメインで、2泊3日の日程の中で「ラムセス大王展」「トーベとムーミン展」「1999展」「デザインあ展」をメインに、開催地である六本木・お台場周辺を散策するというものでした。

また宿を新宿に取れた事もあり、すごく美味しかったけど店名を忘れてしまったラーメン屋を探すというもう一つの目的もありました。記憶にあったのは食べたのが5〜10年前で鶏出汁のスープ。歌舞伎町ではなく靖国通りの南側にあったという情報のみ。

グーグルマップで当たりをつけて多分ここかなと行ったところが一発目でドンピシャ、舌は覚えているもので口にした瞬間これこれという感じでした。ちなみに店名は「らぁ麺はやし田」。今回は覚えたので支店でも見かけたら立ち寄ってみます。

 

福岡に越してきてからもうすぐ2年が経ちますが、本音を言えば関東に戻りたい。生活するだけなら十分すぎるくらいに揃うのですが、展覧会などの文化的なイベントに限らず、食文化も全てが来るわけではないというのは毎日のように感じています。

もちろん福岡には独特の食文化があるのですが、個人的に福岡県民にこれは辞めた方がいいと言いたい癖が一つあって、どこそこは観光客向け=県民はもっと安くて美味い店知ってるマウント。地元愛は結構ですが余所者を見下すのは如何なものかと思います。

地元民が良く通う中州の格安豚骨ラーメン店も行ったことはあるのですが、正直どうという事なかったです。自分がよく行くのは魚介つけ麵の「麵や兼虎」。このジャンルも関東圏ならもっと個性的な店があるのですが、こっちは選択肢が少ないのが現実です。

 

展覧会の感想ですが「ラムセス大王展」は普通に良かったです。映像出展のみらしいエジプトパビリオンより見応えがありますし、平日午前中ならそこまで混んでないので自分のペースで快適に見れる。VRも浮遊感があって中々楽しいものでした。

もし本当に他国の歴史や文化をリスペクトする気持ちが日本人にあるなら、万博と同じくらい混んでいても可笑しくないとは思うのですが、あっちはちょっと過熱気味になってしまった感は否めず、個人的にはこっちの方がお勧めできます。

逆にこれはちょっとなぁ思ったのが「1999展」。もし世紀末でこの世が終わったらというIF世界をテーマにした着眼点は良いのですが、自分と同じ世代は100人中100人が同じ感想を持つかと思います。結局はエヴァンゲリオンの演出のパクリ。

バブル崩壊地下鉄サリン事件とリンクする90年代の閉塞的な空気は、個人的にはリバイバルしなくても良いんじゃないかとは思いますが、流行にはサイクルがありますしひょっとしたら今の若い人にはこれが新鮮なのかもとは思いました。

 

今回の旅もトラブル続きでしたが、最大のピンチは最後の最後で帰宅便。空港周辺が豪雨の影響で遅延と欠航が相次ぎ、大量の帰宅難民が振替便を求めてネット端末をいじる有様。最初見た時は当日も翌日も満席で、翌々日の便しか開きがない状態でした。

2泊3日の旅をノープランで4泊5日にするのもきついなと、キャンセル待ちを狙ってスマホにかぶりつきでリロードを繰り返し、何とか翌日朝の席をゲット。まさに大阪万博の悪夢の再来・お釈迦様の垂らす蜘蛛の糸に群がる死人のデッドレース再びです。

大変な思いをしましたが、流石に天候は時の運。人知の及ばない事に腹をたてても仕方ないのであえて自責思考で教訓を学ぶとしたら、あくまで個人的な感想ですが楽天モバイルをメインにするのは止めた方が良いような気がします。

もちろん普段使いなら全く問題ないのですが、今回のように有事・パビリオンや航空券の予約争奪戦となった時は、エリアの広さ・回線の速さが雌雄を決するような場面も十分あるのではないかというのが自分の考えです。

大阪万博リベンジ編

大阪万博に再訪問しました。前回もお話しましたが同イベントは今かなり人気が出ており、パビリオンの予約が熾烈を極めている状況。お釈迦様の垂らす蜘蛛の糸に群がる死人の群れ状態となっている訳です。

今回の日程は2泊3日・最終日は飛行機の予約があるので数時間の滞在に留まりましたが、その中で以前行けなかったパビリオンを可能な限り回ってみようという思いつきでの訪問でした。

結果としては3日前予約でダイアログシアター・ブルーオーシャンドーム・飯田グループ、当日予約でNTT・三菱未来館・いのちの未来・いのち動的平衡館・いのちめぐる冒険の枠をゲットという、混雑を考えれば十分すぎる成果を得られました。

後は行列に並んでフランス館・インドネシア館・マレーシア館・ルクセンブルク館・北欧館・クウェート館・シンガポール館・ペルー館・ルーマニア館を見学。暑い中並ぶのには苦労しましたが、根性さえあれば何とかなる方がまだ気が楽です。

 

一番印象に残ったのはいのちの未来館。これから訪問される方はネタバレ注意ですが、最初の方は安いメロドラマを延々と見させられる訳です。孫想いのおばあちゃんがアンドロイドに記憶を移すか自然死を迎えるかで葛藤するという感傷的なお話。

それで最後の部屋は更に1000年後の未来に案内しますと言って、3体のロボットが不気味に踊っている訳ですから、シュールと言うか辻褄が合わないんじゃないかと。ただアートとしては本当に目を見張る素晴らしい出来でした。

 

パビリオンではないのですが、個人的に楽しみにしていたのが前回はスケジュールが合わなかった漫画家メッセージボードの展示。写真は自分の暗い30代を救ってくれたヒーロー的存在、山口貴由の描く藤木源之助です。

自分は20代で幽遊白書エヴァンゲリオンに出会ってなかったら、今頃自殺してたか刑務所に入っていた人間ですが、30代でドはまりしたのがこの『シグルイ』。感謝の気持ちは未だにあるし、連載からもう20年近く経ったのかと思うと感慨深いです。

 

そんな万博再訪問でしたが、全体的な満足度としては今回もあまり高くない物となりました。3日の日程の中で割り込みに会ったのが2回、歩きスマホ+日傘のコンボでひやっとした事が2回、列の追い越しは数えきれないくらいありました。

中でも若い女性三人組の割り込みが酷いもので、横の方に並んでいたとかいう訳の分からない理由でスタッフを丸め込み、そのスタッフが強引に自分の前に並ばせた。本人達に抗議するもガン無視。視線を合わせる事すらなかったです。

そうしたトラブル続きの中で最後に見たパビリオンが「ダイアログシアター」だったのでもう空々しいのなんの。初めて会った人間同士がテーマに沿ってアドリブで会話するというコンセプトは面白いのですが、ちょっと楽しむ心の余裕がなかったです。

 

言わせてもらうと、そういう日本の身内文化・仲間同士は礼を尽くすのに余所者にはシカトを決め込む民族性って、万博の理念である共生社会や多様性の尊重とは真逆なんです。自分が好きなら万博でなく、ナイトプールで自撮りでもしてれば良いと思うのですが。

少なくともキャッチコピーの「いのち輝く未来社会」はこの国にはやって来ないし、またその事に対してFIREという非生産的な生活者として負い目を感じる必要はないなと思いました。もうなるようにしかならないだろうと。

納税を拒み、移民を拒み、真面目に働く事を拒み、順番を守る事を拒み、他者との会話を拒んだ民族の末路を、エンタメとして俯瞰で眺めていればいい。今回はそう思う事で怒りを鎮める事にしました。いつか必ずリベンジの機会は来る。

 

例えば写真は光合成エネルギーでSDGsを実現した未来都市だそうですが、皆さんこれ実現すると思います?仮に実現できたとして、松本零士の大四畳半大物語のような、はす向かいにはスラム街という社会の分断を象徴する様になるのではないかと。

自分がSDGsという言葉にモヤモヤする理由は、そもそも論として我が国の社会保障が持続不可能だから。みんなエゴの固まり・今だけ金だけ自分だけで喫緊の問題を一向に解決できない国が持続可能な開発目標など実現できるはずもない。

これだけ人が集まればイベントとしては成功なのでしょうが、全体的にメッセージが空回りしている感はずっとありました。これからこの国には厳しい現実が待っているし、色んな意味で次回の開催は難しいだろうなというのが正直な感想です。

 

そんなトラブル続きの万博でしたが、問題は再々訪問するか。まだ行けてないパビリオンもあるのですが、流石に懲りた気もします。今後は更なる混雑が予想されますし、元を取る事にこだわって今以上に人間嫌いをこじらせても、精神衛生上よろしくない。

あと若干飽きたというのもあります。正直海外パビリオンのアピールポイントは殆ど同じです。自然とテクノロジーが融合し、多様性と持続可能性を重んじ、誰もが自由に活躍できる国。でも本当の所は実際に暮らさないと分からないと思いました。

ただ10月になれば各パビリオンでグッズの投げ売りが始まると予想しているので、事前予約が取れれば冷やかしがてら行くかもしれません。同月は京都でチームラボの新施設がオープンするので、関西方面の航空券とホテルは予約済み。後は気分次第です。

 

大屋根リングの向こう側には早くも巨大クレーンがずらっと並び、2030年に開業が予定されているカジノ作りが着々と進んでいる。こんな暑い中の開催になったのもおそらくカジノの工期から逆算しての事かと思います。

自分はギャンブルはしない人間ですがIR(統合型リゾート)はちょっとだけ興味があります。デジタルアート好きという事もあり、死ぬまでに行ってみたい場所としてラスベガスのスフィアと韓国のインスパイアリゾートは常にリストアップしています。

不満だらけの万博もアート鑑賞としてはまぁまぁ楽しめるイベントだったので、国内パビリオンの幾つかは継続して運営するのではないかという淡い期待もあります。それも含めてこれ以上混むなら無理に行かなくても良いのかなというのが今の気持ちです。

こどおじFIREとパラサイトシングル

2024年FIRE民界隈の間で話題騒然となり、当ブログでも何度か取り上げた「こどおじFIRE」問題。最近はすっかり沈静化してこの言葉を聞く事も少なくなりましたが、インパクトが強く未だに覚えている方も多いのではないかと思います。

当ブログの記事から経緯を整理しますと2024の8月末にみずほリサーチ&テクノロジーから、単身化世帯の増加がFIRE願望と結びつくと、人手不足からのインフレ圧力を産む事になる為、より深い議論が必要だというレポートが発表されました。

kodokunofire.hatenadiary.com

それを受けて同年9月末ライターの御田寺圭氏が「こどおじFIRE問題」という有料記事を公開。ロスジェネ世代の不遇とからめて「歴史的連続性(≒家系の存続)」から外された彼らが個人最適化に走るのは必然であるという主張を展開しました。

kodokunofire.hatenadiary.com

この問題についてはネット上で色んな意見を目にしました。自分の観測範囲の中で言うと、家族が同居するのは昔からある当たり前の事だし、誰にも迷惑を掛けていないから良いじゃないかという意見が一番多かったように思います。

自分は正直この論調には当時から違和感を感じていました。間違っている訳ではないけど、寄生される側の視点が欠けているような気が当時からしていました。そんな中で今月に入って親側視点からみたこどおじFIREの記事を見かけました。

 

gentosha-go.com

まず大前提として、この手のネットメディアに出てくる匿名の告白は9割9分作り話だろうと個人的には思っています。WEBライター風情にそこまで家庭の事情を赤裸々に語って何の得になるんだという話ですので。

実際このサイトはこの手のしくじり話を量産してページビューを稼いでいるのですが、それでも今回紹介したいと思ったのは、作り話だったとしてもFIREを巡る寓話としてよくできていると思ったからです。本文から少し引用させていただきます。

 

Aさんは63歳の会社員で年収は380万円。あと2年で年金暮らしというのにシステム関連企業勤めで39歳の長男がいつまで経っても自立しない。家を出ろと諭してものらりくらりと逃げるばかり。ある日強く詰問すると息子はこう本音を明かしたそう。

「あえて言ってなかったけど、年収も600万円まで上がったし、投資の分も合わせて3,000万円持ってるから。でも、俺は1億円貯めて40代でFIREしたいんだよ。ここにいれば家賃も光熱費も浮くし効率がいい。いざとなったら、このお金で父さんと母さんの老後も助けられる。何か問題あるの?」

内容もそうですが「あえて」という言葉遣いにカチンと来る。これだと言わない事にリスクがあるけど親の為を想って意図的に言わなかったというニュアンスに聞こえる。この場合リスクを抱えているのは寄生している側でしょう。それを受けてAさんは

「今年中に家を出て行ってくれと言いました。『1億円貯められなくなる』『忙しくて家を探せない』と騒いでいます(略)親に寄生してまで早期リタイアなんて、意味がわかりません。貯えがあれだけあるなら、気兼ねなく追い出せます。私たちの老後の世話はいいから、自立のことだけを考えてほしいですね」

繰り返しますが自分はこの話はフィクションだと思っているので、細かい部分の是非を問うてもしかたない。葡萄を食べられずに捨て台詞を吐いた狼の寓話を読んで、いや自分は狼じゃないし葡萄も好きじゃないと反論する人はいないでしょう。

ここで問われるのは普段からコミュニケーションを取っているか・相手の立場になって物事を考えられるかだと思います。親の理解と協力という大前提が崩れてしまえば、資産形成などおぼつかない訳です。実際文章の最後はこう締めくくられています。

Aさんのケースは、「子ども側に資産は十分あるのに、本人の貯蓄目標が高く実家を出る意思がない」という状況でした。それ自体に問題があるのではなく、「親の方が出て行ってほしいと思っているのに、子が居座っている」ことが問題だったといえます。

 

こどおじFIRE問題を巡る様々な意見の中で自分が一番腑に落ちたのは、家系の存続を目的とした従来の同居と、個人最適化を目指すこどおじの同居は全く違うという意見。孫の顔が見れない親からしたら、息子であってもただの穀潰しと思われて仕方ない。

「人を呪わば穴二つ」という諺がありますが、要は子供が利己的なら親も利己的にならざる負えないという事です。こどおじに限らず氷河期世代は特に被害者意識が強く、自分が加害者になるかもしれないという想像力が欠けているように思います。

正直こどおじFIREは、社会に人的資本を食い潰された棄民世代が、親の金融資本を食い潰しているように見えなくもない。道義的責任についてはさておき、それが持続可能かと聞かれてイエスと答えられる人がどれくらい居るのか。

御田寺氏の記事に引用されている氷河期世代の2chコピペは「自分だけ金持ちでいられるなんてそんな虫のいい話はない」という一文で締めくくられていますが、その言葉をそっくりそのまま彼らに送りたいです。ちょっと虫が良くないですかと。

 

当該記事もとどのつまり、こどおじは氷河期世代を作った社会への復讐だというそれが言いたいがためだけに、FIREをダシに使って小銭稼ぎしている。そこはライターとして誠実さに欠けるのではと思います。悪い言い方をすれば信者ビジネスの匂いがする。

こどおじは社会的損失→だけど仕方ないよねで良いのに、FIREは社会的損失→こどじはFIREしやすい→だけど仕方ないよねとワンクッション置く事で、FIRE民全体を悪者にする一方こどおじには媚を売っていると穿った見方をせざる負えない。

記事の最後は「死んだ先の未来のことを考えるのがある種の贅沢な思想になってしまったらその国はきっと滅びる」とあります。前の記事でも書きましたが、自分がどうしても好きになれない言い回しの一つが、この手の○○しないと国が滅びるロジック。

何故なら日本が遅かれ早かれ滅びるのはほぼ既定路線なので、後になってだから言ったでしょと予言者気取りされても意味ないからです。自分を中心に世界が回っているかのような言い草は国を憂う言葉と裏腹に、むしろ強烈な自己愛を感じずにはいられない。

そこは先の選挙における参政党の躍進とも繋がるのですが、こうしたナラティブ(物語)マーケティングの顧客になって他人の敷いたレールを歩む人間は一生浮かばれないです。彼らのネット上での言動こそ、自称被害者の加害性が顕在化した一例と考えます。

 

彼らの幼児性・他人を思いやれない気持ちの根源は、物語に酔っている事が一因なのではないかというのが自分の仮説です。自分の人生は自分が主人公と言う言葉がありますが、同時に他人の人生で自分は脇役でしかないという当たり前の事が分からない。

経済的な自立以前に精神的に自立していないから「あなたがうまく行かないのは外国人のせいですよ」「あなたがうまくいかないのは財務省のせいですよ」みたいな甘言に酔いしれ、終いには正義を気取って人様を攻撃するようになる。

彼らの多くは聞きかじりのスローガンをコピペする事に生涯を費やし、自分の人生が始まらないまま生涯を終える事になるでしょう。あの世代が言われて嫌な言葉をあえて言わせて貰うと、リテラシーの低さで身を落としても流石に自己責任としか言いようがない。

ただ参政党の支持者とこどおじFIRE民にどの程度の重なりがあるかはよく分からない。個人的には全員ではなく氷河期世代の中でも下の下・知性も品性も資産もない層だけが支持していると信じたいですが、同党が勢いを増しているのも事実としてある。

 

最近は「AI氷河期」という言葉を目にするようになりました。今の氷河期世代が高齢者になった時、今までのように被害者ムーブをかませるかは誰にも分からない。あの頃は国や家庭にまだ余裕があったから、かろうじて寄生できた世代と言われる可能性もある。

ぐちゃぐちゃ言い訳して真面目に働かず、ろくに納税していない癖に減税減税と口泡飛ばし、次世代にツケを残して労働市場を引退した連中の社会保障費をどうして自分達が負担しないといけないんだと、若者に恨まれる未来だって十分ありうる訳です。

確かに氷河期世代バブル崩壊の負の面を一身に背負った不遇な世代ではある。そこに同情の余地はありますが、結局はいつの時代に生まれても人生は手持ちのカードで勝負するしかないんです。他人を妬まず自分に今できる事をこつこつやり続けるしかない。

ただこういう話をネットですると、時代が悪いデフレが悪いと山のようにクソリプが付くのが現実で、それもポピュリストがあなたは悪くないという物語を与えてしまったのだから仕方がない。これでは国が傾くのも仕方ないだろうなと今は諦めの境地にいます。

 

ここ数年FIREという言葉が流行った結果、たとえば不動産投資でリタイア達成とか仮想通貨でリタイア達成とか有象無象が亜流の手法を語り出した延長線上の、些末で寄り道的な議論がこどおじFIRE問題だと個人的には思います。

もっとも多くのFIRE民は米国株の長期的値上がりに依存しており、また日本が永遠に財政破綻しない事に依存しているとも言える。誰かの資産は誰かの負債であり、利息であれ配当金であれ見ず知らずの誰かを信用する薄氷の上に成り立っている。

だからと言ってリタイア生活の計画に誰かの我慢という負のエネルギーを貯めこむ時限爆弾を組み込むのはさすがに王道とは言い難い。経済的自由の目的が自分の人生をコントロールする事だとすれば、過度な依存はむしろ自由とはかけ離れた存在と言える。

自分はこどおじFIREは今は良くてもいずれ、80・50問題を巡る様々なトラブルと同じ悲劇的結末を辿ると予想しています。もちろん家族仲がよくWIN・WINの関係を築けているなら問題ないですが、そういう人は案外少ないのではないか。

それは繰り返しになりますが、彼らが貧しさ故にナラティブマーケティングに捕食され、厳しい現実から目を背け楽しい嘘を消費して生きてきたから。その仲の良さもあなたの願望が産んだ妄想ではないですかと、自分自身に問いかけて欲しいと思います。