先月末の古い記事で既に目にされている方も多いかと思いますが、FIREを揶揄する(?)記事を見つけたのでご紹介です。
筆者の橘玲氏は作家。自分が読んだ事があるのは「臆病者のための株入門」だけですが、インデックス投資最強説という今なら当たり前の手法を、ライブドア事件を引用したりと寄り道しながら長々と書いているだけという印象でした。
今回紹介する記事は同氏が2021年に出した『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』というタイトルからして胡散臭い書籍から、FIREについて語った部分の抜粋との事で、引用しながら雑感を述べたいと思います。
FIREのもうひとつの目標がRE(早期退職)だが、これは悠々自適の生活をすることでは(おそらく)ない。経済学では、ひとはみな「人的資本」をもっており、それを労働市場に投資して収入(給料)を得ていると考える。ほとんどのひとにとって人的資本こそが金融資本(富)の源泉なのだから、早期退職(RE)で人的資本をゼロにするのは人生設計としてバカげている。
言ってる事はごもっともなのですが、いまいちしっくりこないというか、論旨が自分の中に染みて来ない。もったいないけど人それぞれだよねで良いのに早期退職は馬鹿げているという強い言葉を使う必要があるのか。
思うに日本企業が軒並みブラック化している・言い換えれば労働者の「人的資本」を消費しなければ利益が出ないような仕組みになっている。その事が日本におけるFIRE願望の根本なのではないかと個人的には考えています。
それなら企業に食い潰され心身ともにすり減ってしまう前に、逃げ出して自分の人生を取り戻したいと思うのは当然の事。ゼロまで回復したら改めて自分の為に人的資本を積み上げて行くか、そのまま引退するか考えれば良いのではと思います。
さらに近年、ひとを絶望させるのは「貧困」ではなく「失業」だというデータが積み上がっている。(略)アメリカの中高年の白人労働者階級(ホワイト・ブルーカラー)だけは、2000年以降、平均寿命が短くなっていた。 この奇妙な現象を調べた経済学者は、その原因が「アルコール、ドラッグ、自殺」だとして、これを「絶望死」と名づけた。(略) 逆にいえば、仕事を通じて地域社会や仲間たちとつながっていれば、たとえ貧しくても「絶望死」のような悲惨な事態にはならない。
ここもこの人は日本社会とどこまで向き合っているのかなという気がします。日本の問題点はむしろ逆で、いじめやパワハラ等に代表される社会への絶望・社会と繋がりを断つ事が難しい事に起因するのではないか。
また最近は、社会的地位の高い人の信じられない犯罪が連続して報じられました。野村證券の強盗放火事件や、三菱UFJの貸金庫盗難事件など。いずれも犯行当時は在籍していたのを速攻解雇して「元社員」がやりましたと報じている訳です。
もう一つ我が国の絶望の源泉を挙げるなら過剰な自意識と「相対的貧困」、ネットの普及で本来だったら会う事もない桁違いの金持ちの生活が嫌でも目に入り、会社員としての地位を捨てるリスクを冒してでも自暴自棄になる人が増えているのではないか。
自分の観測範囲の中で言わせてもらえば、社会や仲間との繋がりを重視する人は自己認識がきちんと出来た上で、最初からサイドFIREを目指している人が多い。ただいずれもあなたの感想と言われてしまえばそれまでなので、更なる研究が待たれる所です。
早期退職(失業)はもはや、魅力的な人生の目標ではなくなっている。こうしてFIREは、「経済的に独立して、好きな仕事(社会活動)を通して大きな評判を手に入れる」という運動へと変わっていくだろう。実際、FIREを達成した者たちは、自らがインフルエンサーとなってこの理念の普及を勢力的に行なっている。
正直ここもダウトと言わざる負えない。確かにFIRE民の中には社会参加の重要性を説く人もいますが、決して多くはない印象。ここは以前「FIとREのどちらに重きを置くか」という記事で論じさせていただきました。
その時指摘したのは、海外の事例として失語症の啓蒙活動など地に足のついた活動が紹介される一方、日本人は退職優先で社会参加への意識が低く、ユーチューバーやアフィリエイター等生産性の低い活動が中心となっているのではないかという疑問。
そう思う理由を一つ上げると、ネットで良く見かけるFIREと生活保護を比較する論争。もし社会活動や名声を得る事が目的なら、ボランティアやNPO勤めと比べる議論があっても良いのですが、自分はついぞお目にかかった事がないです。
個人的にはインフルエンサーを今からやるのはお勧めしません。1つはFIREおよびインデックス投資の手法については既に王道が広まっており、付け足す事は多くない事。もう1つは完全な椅子取りゲームで社会参加している実感を得にくい事。
それでも小遣い稼ぎしたい人は、Xのトレンドに乗っかりわざと120文字以上の文章を書いてプロフに誘導したりする。そうした手法は既に飽和状態であり、アテンションエコノミーにどっぷり漬かるのはもはやFIでもREでもない。
筆者は文学部出身だからインフルエンサーが社会活動だと思いたいのでしょうが、自分は文筆家もインフルエンサーも虚業だと思っています。好きな仕事を通して「社会貢献する」でもなく「評判を手に入れる」と書いているのも意図的に感じました。
感想としては繰り返しになりますが、日本独自のFIRE研究が必要なのではないかと思いました。トリニティスタディのレポートも絶望死の研究も、アメリカがそうだから日本もそうだではなく、国の文化や国民性と向き合わないと答えは出ない。
自分の予測は橘氏とは全く逆で、早期退職(失業)部分が不変のままFIの要素が細分化していくのではないかと睨んでいます。それをFIREと呼べるか否かは別として、労働に対するアンチテーゼは形を変えて残るのではないか。
もちろんそうした生き方がこれからの厳しい時代を生き残れるか、本のタイトルを借りればディストピア世界をハックできるかというのは別の問題として考えなくてはならないし、そうした趣旨での社会活動の薦めなら慧眼と言えるのかもしれないです。
書籍を買えばもう少し深い話があるのかもしれませんが、冒頭に書いた通りこの人には回りくどいエッセイストという位の印象しかない。Xのアカウントはフォローしているので嫌いな訳ではないですが、買って読むかと言われると微妙な所というのが本音です。